2009年度を終えて
関ジュコンが終わって考えていることです。良いことは書いていません。
アイドルのことを真剣に考えていて自分が本当に気持ち悪いですが、人のことより自分のことで考えることが沢山あるのに人の頭の蝿ばかり気になる私の考えです。
ジュニアということ
本当は誕生日にあげようと思っていたのですが生活に関することを優先していたらいつの間にかこんな時期になっていました。少々後出しになってしまいましたが、一個人の意見としてあげて置きたいと思ったので書いておきます。
私は担当として安心優良な光一さんがいるので、先行き不安なジュニアを好きになっても担当として応援している方よりは心穏やかに過ごせていると思います。だからか、中間淳太のことは常々大学卒業した暁には辞めるものだと思って応援してきました。
私はジュニアとはやはり文字通りジュニアであると思っていますし、アイドルが職業として昔より認識されてきたとはいえ、一寸先は闇のものだと思っています。ですから、二十歳や最近の進学率やモラトリアムの延長から大学卒業までで区切りとするものではないかと考えています。勿論仕事があれば話は別ですが、継続的に仕事がなければそこで見切りをつけるのも大事なことなのではないかと思っています。私はジュニアの仕事を誰にでも取って変わられるものだと思っています。勿論その仕事をし続けることは容易ではないと理解していますが、一人が辞めたからといってそれが他の人に出来ない仕事だとは思っていません。
しかし雑誌での文章を読むに、疑問が沸いてきます。勿論インタビュー形式で行われたり、記入形式で行われたとしても、記者さんのニュアンスやデザインの関係で文章が違うことはよくあります。しかし大意を取るに、ジュニアに専念するということでした。
ジュニアというのは、アイドルというのはするものではないと思います。求められ、需要があって成り立つものなのでしょうか?
またジュニアを続ける以上、どの形であれデビューや、自分以外では出来ない仕事をしたいと思っていると思うのですが、正直7年、台湾時代を含めたらそれ以上、してきて出来なかったことが専念したら出来るようになるのかとも思います。
勿論ファンとアイドルなのですから、所詮は他人ですし、応援することとそれに応えること、魅せること以外に間には金以外ないと思っていす。私の心配は意思を持った人間相手にとても失礼なことだと思います。例え年齢がどうあれ、どう始めた事であれ*1終わらせるのに本人の意思で出来ないことは無いと思います。ですから続けるという選択はそれに伴う様々なことへの決意だと思います。それにどうこう思うのは少しでも良い人生を送って欲しいという私のエゴだと思います。
人生の中で何かに決別しなければいけないことは沢山あると思います。一番いいタイミングでそれを行うのは難しいかもしれません。でも自分の決めたことに胸を張れるように頑張ってくさだい。私は今までのように応援は出来ませんが、負けないように胸を張って頑張ります。
*1:姉が送ったなど
お引越し
今日7年近く住んだ神奈川を引越しします。
こちらに来てジャニーズにはまり、色々な知り合いや友達も増え、とても楽しいことばかりでした。その分自分の未来についての勉強は貯金はなく、親が心配するのも分かるので三重の実家に戻ることになるのは仕方のないことだと思います。人間権利だけでも義務だけでも生きていけません。
どうしても地方格差がありますし、実家は関テレもテレ東も映らない中途半端な所なのでそのうち爆発しそうですが、しばらく頑張ってみたいと思います。
基本的にジャニオタは行動力が高いので、そのうちどこかの現場でお会いできるので人間的には寂しくないのですが、これまでのように本もネットも好きなだけ出来る訳ではなくなるので情報的についていけるかだけが心配です。
とりあえずごく映画が捨てられていないことだけ願いつつ移動します。
こちらで出会った皆様本当にありがとうございました。
また今後ともよろしくお願いします。